週末は名古屋へ。
近くの大学ではB4師匠の1300年記念講演があるし(託児無いのか、と相方が悔しがっておりました)、考古学研究会の鏡山も気になるのだけれど、やはり、資料を実際に手に取ってみたい。
名古屋大学考古学研究室・勢濃尾研究会・東海土器研究会・歴史土器研究会の共催で、「6世紀の猿投窯を考える」をテーマに、東山61号窯と、豊田市の上向イ田窯の新資料を見せていただきました。
個人的には、勉強不足で微妙にわからない時期です。
近鉄で名古屋へ。締め切りの原稿を一気に仕上げる。ほぼ終了。地下鉄を乗りついで名大へ。あー、Fさんに連絡しておいたらよかったかも(多忙で無理かな)、と思いつつ、大学近辺をうろうろ。汗だくでようやく見つけたお店で昼食をとってから、会場へ。既に脱水症状気味。そういや、前の研究会の時もN山大の話のときも同じような状況だったな・・・。名古屋は相変わらず土地勘がない。学習能力なし。で、学内にスタバやらコンビニやらあるんですね。流石大きな大学。うろうろせずに会場行けばよかった。失敗
会が始まる前にいつものメンバーとご挨拶、と思ったら、近畿勢も多い。ネタがネタだとやはり注目度が。久々H先生、Jさんにもご挨拶。と思いきや、橿考研のS君に「八木から近鉄のりましたか?」どうやら、同じ電車だった模様。一番驚いたのは萩市のIさん。車での弾丸ツアー。広く窯業関連の情報収集をする熱心な活動。久々にお会いする顔も多くてうれしい限り。
色々大変そうではあるけれども、大学の中に大規模窯業生産地が展開する、というのは稀有なこと。大きく地形が改変された状況でただトレンチを入れてみるよりも、まず探査したらいいのに、とも思う。窯体が確認できれば全てが解決する訳ではないけれども、少なくともそれと灰原の重なり具合を把握しないと、仮説がそのままになってしまうのでは、と思う。根拠がないとなかなか調査地点も絞れず、結局中心から外れて後は推定、というパターンが窯業遺跡に関しては特に混乱を招いている気がする。まあ、それもあって今の仕事をする羽目に陥っているわけですが。次回の調査に期待しています。
資料的には、今まで7世紀以降で見えてきている産地間のずれが、どう遡るのか、という点に注意して拝見しました。やはり、いくら資料が多いからって、蓋坏で比較するのは厳しい。
珍しく懇親会にも参加して、ネット上のやりとりばかりで失礼していた名古屋氏の藤井さんともお話ができ、勉強になりました。
土器をいじっている側からすると、あれだけ地域差がある対象で(差の内容が原因の気もしますが)やるよりも、もっといいものがあるんでは、という話は、結局2000年から変わっていないのですが、あれから10年、何にもしていないや(涙)。
大阪のSさんに「いやあ、寝かしておくことも大事だよ」と気を使っていただくも、うーん。
まあ、結局この時期の話をするのは難しい、ということはわかりました(環境的に・・・)。
帰りは弾丸ツアーのIさんの車で途中まで送っていただきました。ありがとうございました。